top of page
  • 執筆者の写真: sazanamicare
    sazanamicare
  • 2020年10月9日
  • 読了時間: 4分

2019年4月19日に起きた11人を巻き込んだ死傷事故の初公判が始まっています。当時87歳であった高齢ドライバーによる事故。最愛の妻と三歳の子を一瞬にして亡くした松永氏の悲壮な会見を覚えている方も多いと思います。


また、加害者が元高級官僚であり、即時の逮捕とならず、病院退院後も拘留されることなく7カ月後に在宅起訴されている事。加害者が自分の責任を認めず車の異常によるものであると主張したことから世論感情も悪く、上級国民なる嫌な言葉も使われることになりました。


この事件に対する大きな憤りや社会の怒り、松永氏の絶望を忘れることはできません。これからも裁判の推移を見守る必要があります。


さて、感情はここにひとまず置いておきます。私たちが未来のためにできることは何でしょう。


介護の仕事、特にケアマネジメントの中で高齢者の移動を考えることはとても重要です。私たちの住む鋸南町は人口も少なく過疎地域であり、2020年時点で65歳以上が町民の半数を超えています。当然、自家用車が主要な移動手段となり、町民のほとんどが自家用車で会社に、畑に、買物に。それが田舎の暮らしです。


若者は仕事を求め町を離れ、年老いた両親は田舎に残ります。当然年をとり、高齢ドライバーとなっていきます。人によっては認知機能の低下が少しずつ見られ、場合によっては認知症を発症します。それでも高齢者の日々は続いていきます。


バスの本数も少なく、バス停への移動手段もありません。タクシーは町に一台。昨年二社のうち一社は撤退しました。資本主義経済の中では成り立ちません。介護タクシーはそもそもなり手の少ない訪問介護員が時間を縫って何とか行っている状況。介護タクシー単体で利益を上げることは到底難しく、増員も難しい状況と考えれられます。


年老いても農業を続け、野菜を育てることが生きがいとなり、元気でいられる。認知症にならず、自分らしく暮らし続けられる。分野は様々、そんなことがよくあります。それには自分がスケジュールを立て、資材を積み、道具を積み、土にまみれて丁寧に作業をする、そんな日々を継続する必要があります。高齢者が軽トラックにのり元気に走り回るのが田舎の日常の風景です。


高齢になったら免許を返上しなくてはならない。それは正しい意見だと思われます。ただ、それが可能な社会を作るために、地域ごとに適した方法を考えて行かなくてはなりません。タクシーやバスを使って、農作業。あり得ません。全く新しい個別に機能するシステムが必要になります。それがどんなものかは私にはまだわかりません。


高齢ドライバーの事故が目立つから、運転させない、年齢で切る。これはその人から本人の人生をむしり取ることにつながります。それだけでは済まない様々な問題があります。認知機能の評価と連動させる、これは必要なことかもしれません。


都市一極集中、田舎で若者が仕事をできない、子どもが生めない。高度経済成長、バブル崩壊、グローバリズム、薄利多売、コスト削減。これまで突き進んできた戦後の政策、私たちの価値観。システムが崩壊してきています。今後はぐるっと変える必要があるでしょう。


現代において山を平らにし、環境が傷んでも、それに気づくことすらできなくなっています。川はコンクリートで固められ、プールのようになり、土中に染み込み大地を涵養するはずだった雨水は堤防を越え町に流れ込みます。このまま大地をコンクリートで固め続けて次世代に残るものは何でしょう?


少し話が脱線してきましたが、国や政治家任せでなく、幅広く多様な人々で、問題点や新しい仕組みをオープンに議論する。すべての領域においてそれが必要な時代となってくるのではないでしょうか。


大事なのは尊厳。人々の人生を尊重すること。これを胸に日々励んでいきたいと思います。

遺族の絶望をしっかりと覚えておかなくてはなりません。この事故を風化させず、何か一つでも社会を良い方向に進められるよう。


#ケアセンターさざなみ#鋸南町#介護#デイサービス#訪問介護#ケアマネジメント










 
 
 
  • 執筆者の写真: sazanamicare
    sazanamicare
  • 2020年9月8日
  • 読了時間: 3分

連日台風関連の投稿となってしまっています。

令和元年台風15号から早一年がたとうとしています。少し被災後の事について書いてみたいと思います。


あの日、鋸南町は単独で局地激甚災害と指定されるほどの災害に見舞われました。これまでに感じたことのない風。8日から9日にかけて、ほとんどの町民が眠れぬ一夜を過ごしました。暗闇の中、風の音、何かが飛ぶ音、ガラスの割れる音。


朝、風が幾分弱まり、外に様子を見に行くと、世界が変わってしまっていました。


ガラスが割れ、屋根や壁が飛んでしまった家、電柱はバキバキに折れ、道は車が通れない。車はひっくり返り、窓ガラスが割れている。海沿いの町は被害が大きく、がれきの山。山間部では土砂崩れで孤立してしまっている。電気、水道、電話も通じない。情報が入らない。


さざなみ大六のデイサービスも被災し、強化ガラスが割れ、天井が落ち、室内はぐしゃぐしゃで水浸し。何とか辿り着いたとき、想像以上の光景に途方に暮れたことを思い出します。


関わっている利用者さんの安否、職員の安否、事業所の復旧、介護業務、会社の経営。そもそも町全体が滅茶苦茶です。自分は何をしたらいいのか。日毎、時間ごとに判断をしなければいけません。判断がぐるぐると変わり続けます。


町全体、職員も被災している。その中で自分たちがやるべきことは?みんなで必死に考え、できることに取り組み続けました。


支援物資をたずさえ、各地から駆けつけてくれる仲間たち。職員みんなの友人や知人が届けてくれた物資で、被災翌日からデイサービスの食事を提供でき、必要な人に向けおにぎりを届けることができました。炊き出しの手伝い、子供の面倒を見てくれる友。デイサービスを助けてくれた介護福祉士の方。地域の方々、介護事業者のつながり、奮闘する町職員の方。


デイサービスも電気、水道等が止まる中、被災を免れた事業所で開所。被災後の孤独な状況から、デイサービスでの再会に皆さまの涙があふれます。


被災数日後の朝、給水所で洗濯をしていたところ、栃木から軽トラックで発電機を背負い支援に来てくれた方に出会いました。それにより、デイサービスの利用者さんは鋸南町の一番風呂に入ることができました。その方は名乗りません。「自分は昔、人に迷惑をかけてきたから」と。「あなたたちが一生懸命やっているから」と、勇気をくれます。

苦しい中で色々な人に助けられました。さざなみ大六もご厚意により別の会場をお借りして数か月営業させていただくことができました。他の事業所を利用することもできる中、大六を待って下さった方もたくさん。申し訳ない気持ちとありがたい気持ち。感謝しかありません。


また印象に残るボランティアの方との出会いもありました。その方は数か月、鋸南町の道の駅に車を止め、車中泊をしながら鋸南町の復旧に奔走してくださっていました。その方が年末に東京に帰ることになった日。泣きじゃくりながら電話をくれました。「鋸南町の人たちに良くしてもらった。皆さんに感謝しかない。離れなくてはならないことが申し訳ない。」

仕事を休み、私費を投じ、鋸南町の為に奮闘してくれていた姿を忘れることはできません。


さざなみのスタッフみんなで奮闘した一年でした。思い出したくないことも多くありますが、困難な状況の中、みんなで声をかけあい、助け合い、想い合い、何とか乗り越えられました。


この一年のすべてに感謝します。


#ケアセンターさざなみ#鋸南町#介護#デイサービス#訪問介護#ケアマネジメント


 
 
 
  • 執筆者の写真: sazanamicare
    sazanamicare
  • 2020年8月19日
  • 読了時間: 1分

自然環境の成員である人間はやはりいつか亡くなります。そこにあらがえる人間は一人もおらず、高齢者の介護に携わる私たちは、そんな場にいつも居合わせることになります。


ライフステージの終盤に私たちは出会い、仕事をさせてもらいます。

『本人の生きてきた「ものがたり」を支える』

私たちのホームページに掲げているテーマです。


その人の生きてきた人生を尊重し、話を聴き、尊厳を守る。家族以外にもその人を思い、考え、動き、駆け回る人間がいること。それが次の世代に命のバトンを渡す瞬間、命の循環にとってとても重要なことだと思い、仕事をしています。


本人が納得し、家族が納得できる。人生の最後、次の世代に命のバトンを渡す瞬間までの土壌を育てる、風通しの良いケアができる、そんな仕事をしたいと日々駆け回っています。


準備ができる事、できない事。色々な場面があります。


私たちのケアが少しでも誰かの心の栄養になりますよう。


#ケアセンターさざなみ#鋸南町#介護#デイサービス#訪問介護#ケアマネジメント#命の循環#命のバトン

 
 
 

0470-55-2557

    ©2020 by ケアセンターさざなみ

    bottom of page